有限会社小平食品は、冷凍食品の加工業者で、
2代目社長の小平良介の手腕により急成長、現在約200名の従業員を抱えている。
小平食品の顧問弁護士は、三鷹智というキャリア10年目の弁護士である。
三鷹は、良介の紹介により、府中銀行の営業マンである立川伸吾と知り合いになったが、
本日は、立川の要請で、府中銀行において
「会社法における内部統制システムについて」と題する講演を行っている。
三鷹「…というわけで、いよいよ会社法の施行日が平成18年5月1日と決まり、一刻も早く皆様の会社の内部統制システムを確定することが必要となって参りました。その際に、本日、お話しした内容が何かの参考になればこれにまさる喜びはございません。それでは、時間となりましたので、本日の講演会はこれにて終了させて頂きます。」
立川「本日は、お忙しい中、府中銀行会社法講演会にお越し頂きありがとうございました。この後、ご案内してありますように、ホテル西東京サンライズ鶴の間におきまして、ささやかながら懇親会をとり行いたいと思いますので、そちらの方へご移動願います。」
立川「いやあ先生、急な依頼にもかかわらず、本日の講演会をお引き受け頂き誠にありがとうございました。私も拝聴させて頂き、本当に勉強になりました。」
三鷹「いえいえ、何せ内部統制システムというのは、各社各様だから、抽象的な話になりがちで、皆さんも退屈されてしまったのではないでしょうか。」
立川「そんなことありませんよ。実は当行自体も、今、内部統制システムの構築作業中でその担当者がいろいろ苦慮しておりまして、その担当者を先生にご紹介させて頂いてもよろしいでしょうか。」
三鷹「ええ、もちろんですとも。」
立川「おーい。布田!ちょっと、こっちへ。先生、この者が当行の法務部コンプライアンス室室長の布田令次です。」
布田「本日は講演有り難うございました。布田と申します。よろしくお願いします。」
三鷹「こちらこそ。布田さんが内部統制システム策定の中心なんですか?」
布田「ハア。当行はすでにコンプライアンスプログラムを策定しているので、「似たようなもんだから、お前がやれ」と役員から言われちゃいまして…。
ここだけの話ですが、私の上司である担当役員も内部統制についてよく分かっていないみたいなんですよ。
それで、一度、先生に当行にお越し頂いて、その担当役員も交えて基礎的な所からお話しして頂けると大変助かるのですが…。」
三鷹「私の方は構いませんよ。」
布田「いやあ、どうも先生わざわざ有り難うございます。こちらが、先日お話しした担当役員である長沼昇三です。」
長沼「先生、私も先生の講演会には是非出席したかったんですが、いろいろ忙しくってなかなか時間がとれませんで、残念でした。今日は、いろいろ教えて下さい。
早速なんですが、うちの銀行は、ついこの間コンプライアンスプログラムを策定したんですけど、それじゃダメなんですかねえ。」
三鷹「内容によりますね。取締役会設置会社でかつ監査役設置会社の場合には、「取締役の職務の執行が法令又は定款に適合することを確保するための体制」のほかに、「取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理等に関する体制」など9つの項目が掲げられていますが、それらを網羅しているコンプライアンスプログラムであれば、内部統制として、何かを規定したりする必要はありません。」
長沼「なるほど。布田君、早速、確認しておくように。」
三鷹「9つの項目の中に、「損失の危険の管理に関する規程その他の体制」というのがあります。
これは、いわゆる「リスク管理」といわれるもので、会社においては、予想されるビジネスリスクを洗い出し、それぞれのリスクに関して、リスク予防措置及び万が一リスクが現実化した場合における被害の最小限化のための措置を定める必要があります。」
しかし、この「リスクの洗い出し」、「リスク予防措置」、「リスクが現実化した場合における被害の最小限化のための措置」は、通常はコンプライアンスプログラムに含まれていますから、重複している部分については、改めて規定する必要がありません。
しかし、9つの項目の中には、「取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制」なんていうのもありまして、こういうのは、通常はコンプライアンスプログラムには含まれることが少ないですから、十分確認した方がいいでしょう。」
長沼「うん?「取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制」なんていうのもあるんですか?」
三鷹「ええ。「赤字部門の業務継続に関し、適切な対策が講じられているか、合理的な理由もなく放置されていないか」なんていうのもチェックの対象となります。」
長沼「私たちは、商売人ですからね。言われなくても、そんなことは日常的にやっていますよ。」
三鷹「そうでしょうね。しかも、このような「職務の効率性」を過度に追求することは、かえって、「職務執行の適正」を損なうことにもなりかねません。ですから、この項目は、むしろ、職務執行の適正といっても、職務の効率性を損なう、すなわち、営利企業としての存在を否定するようなものが求められているわけではないと理解するのが適当だと私は思っているんです。」
長沼「この内部統制システムというのは、定めなかったり、その内容が不適切だと罰金が課せられたりするんですか?」
三鷹「そういうものはありません。ただ、会社法では、事業報告つまり、従来の営業報告書に、内部統制の整備についての決議があるときは、その決議の内容を記載しなければならないとされているんです。」
長沼「何ですって!5月1日に会社法が施行ですから、3月決算の当行では、6月末の株主総会にその事業報告を出さなきゃいけないんですか?」
三鷹「いえいえ、5月1日前に決算日が来ている会社の場合には、次の決算に基づく定時株主総会で構いません。多くの会社が採用している3月決算の場合には、6月末の株主総会において、内部統制システムを披露しなければならないということはありません。」
長沼「ああ、ホッとしました。事業報告には、何をどれくらい記載すればいいのでしょうか?」
三鷹「うーん。それは難しい質問ですね。しかし、内部のマニュアルや準則等をいちいち記載するような必要性はありません。方針の大枠さえ示せば、情報開示としてはそれで十分ですし、細かすぎる記載はかえって読み手に理解されないと思われます。」
三鷹「それから、監査役は、事業報告を受領したときに、かかる内部統制システムについての決議が「相当でないと認める」ときは、監査報告にその旨及びその理由を記載しなければならないとされています。」
長沼「監査の対象にもなるのですか。しかし、「相当でない」とか「相当である」とかどのように判断するんでしょうか。」
三鷹「参考資料として、日本監査役協会が「内部統制システムに関する監査役の当面の実務対応-会社法施行後、最初の取締役会での決議に関する監査役の対応-」なるものを公表しています。
この「実務対応」によりますと、監査役は、「決議された内容が業務の適正を確保する体制として適切といえるかどうか」などの視点で監査するとされています。」
長沼「しかし、今度は、「適切といえるかどうか」が問題になるかと思うのですが…。」
三鷹「おっしゃるとおりです。このような高度な経営の視点が要求される監査を現実に行うことができるのかどうかは大いに疑問のあるところです。」
長沼「難しいですなあ。」
(つづく)