有限会社小平食品は、冷凍食品の加工業者で、
2代目社長の小平良介の手腕により急成長、現在約200名の従業員を抱えている。
今日は、良介は、小平食品の取引銀行である府中銀行の「経営者クラブ」の
懇親会(立食パーティー)に参加しており、
同クラブメンバーの株式会社吉祥寺という運動靴メーカーの社長昭島直之と
ワイン片手に話し込んでいる。
良介「昭島さん、先日、新聞の「注目地元企業!」の記事を読みましたよ。随分、お宅の会社は景気がいいみたいじゃないですか。」
昭島「まあ、会社の数字は悪くないんですが…。会社の経営が多少良くなるとそれはそれでね。」
良介「どうしました?何かあるんですか。」
昭島「いやあ、他ならぬ小平社長だから言いますけど、この間、株主の一人が会社に訪ねてきたんです。この人は10%の大株主なんですけど、最近、会社の利益が結構出てきたもんだから、M&Aがどうとか新規上場がどうとか、大型設備投資がどうとか、やたら派手なことばかりをどんぶり勘定で言い出すんですよ。」
良介「言うだけ言わせておいたらいいじゃないですか。」
昭島「私も最初は聞き流すつもりだったんですが、挙げ句の果てに「株主の意向を無視するなら、この株式を売るしかない。息子は事業やっているから買ってくれるんだ。」とか「他の株主にも声をかけて、今の経営方針に異議を出す。」なんて言い出したんですよ。」
良介「株式には譲渡制限が付いているんでしょ?だったら会社の承認なしでは売れないだろう。」
昭島「それが…、譲渡制限が付いていないんですよ。」
良介「えっ!そうなんですか。」
昭島「だから、自由に売れるんです。その息子さんというのがちゃんとした人ならいいんですが…。」
立川「どうも、小平社長。本日は、当行の懇親会に参加戴き有り難うございます。お飲み物何かお持ちしましょうか。」
良介「やあ、立川君じゃないか。立川君、この人を知っているかな。今をときめく株式会社吉祥寺の社長昭島さんだ。」
立川「もちろん、お名前は存じ上げています。どうも初めまして、当行の営業の立川と申します。」
昭島「「今をときめく」なんてやめてくださいよ、小平社長。」
良介「ところで、博学の立川君。株式に譲渡制限を付けるためにはどうしたらいいんだい。」
立川「株主総会の決議によって定款を変更しなければなりません。そして、そのような定款変更の為の株主総会の決議要件としては、総株主の半数以上かつ議決権につき3分の2以上の多数の賛成を得ることが必要です。」
良介「半数以上かつ議決権の3分の2以上だな。どうだい、昭島さん、なんとかなりそうかい?」
昭島「そうですね。「半数以上」というのは持ち株、つまり議決権のことですか。
立川 いいえ、あくまで、「人」単位で計算するんです。」
昭島「私と家内で、丁度総株式の3分の2持っているんですが、株主自体は、その問題の人を含めて、10人いるんですよ。」
良介「つまり、他の株主を上手く説得できるかが問題だな。」
良介「立川君、会社の経営に不都合な株主に対して、なんか打てる手はないのかい。」
立川「難しいですね。例えば、取得条項付株式にしちゃうとか。」
昭島「その「シュトクジョウコウツキカブシキ」って何ですか?」
立川「一定の事由が生じた場合に、会社が強制的に取得することができる株式です。」
昭島「一定の事由というのは、例えば、「平成18年12月1日が到来したとき」みたいなものでもいいんですか。」
立川「ハイ。それも「一定の事由」にあたります。」
昭島「そいつはいいなあ。どうしたら「取得条項付株式」にできるんですか。」
立川「それが…。当該株主全員の同意が必要なんです。」
昭島「それはダメだな。同意なんかするわけがない。」
立川「では、株式の議決権を制限するというのはどうですか。」
良介「しかし、また株主全員の同意が必要なんだろ。」
立川「いいえ。定款変更のための株主総会の特別決議を経ればよいことになったのです。」
良介「なんだか難しくてよく分からんが、要するに、特別決議だから、総議決権の過半数が出席して、3分の2以上の多数を得ることが出来ればいいんだな。」
立川「そうなりますね。」
良介「とすると、譲渡制限よりも要件は少し緩やかだな。昭島さん、これならいけるぞ。」
昭島「ちょっと待って下さい。でも、議決権は私の株式についても制限される訳なんですよね。」
立川「そうですね。それはまずいですよね。でしたら、更に、セットで、社長に対して、普通株式の新株発行をするとか。」
良介「そういう議決権を奪う目的の新株発行って、たしか「著しく不公正な発行」としてダメなんじゃないのか。」
立川「うーむ。たしかに、小平社長のおっしゃる通りですね。」
良介「丁度、明日、うちの会社に会社法に詳しい顧問弁護士が来るから、ちょっと聞いてみるよ。」
昭島「かえって迷惑かけてしまってなんか、すいません。」
良介「…こんなわけでさ。こういう場合、どうしたらいいんだい?」
三鷹「まず、言っておくけど、いくら会社法だって、なんでもかんでもできるわけじゃないから、「あの株主は気にくわない」とか言って、すぐに黙らせるわけにはいかないんだぞ。」
良介「分かった、分かった。それで、どうすればいいと思う?」
三鷹「まず、譲渡制限を付ける必要があるな。譲渡制限会社の場合には、議決権について、株主ごとに異なる取扱いとする旨を定款で定めることが出来るんだ。」
良介「株主ごとに?」
三鷹「そう。しかも、この定款変更の為の株主総会の決議要件としては、総株主の半数以上かつ議決権につき4分の3以上の多数の賛成があれば足りるんだ。このような株主ごとに制限が異なる株式を「属人的種類株式」というんだ。」
良介「難しい話はいいよ。しかし、そんな狙い撃ち的なことができるなんてなあ。ある意味怖いね。」
三鷹「まあ、多数決とはそういう怖いものなのかもな。」
良介「ちなみに、その問題株主っていうのが亡くなって、息子が株式を相続した場合には、属人的扱いは継承されるのかい。」
三鷹「今のところ、そこまで議論されていないなあ。でも、多分、親と息子でも別人格なんだから、親の制限が息子にかかるというのは合理的じゃないね。
そういう時に備えて、会社法では、相続によって株式を取得した者に対して会社がその株式の売渡しを請求できるよう定款で定めることができるんだ。」
良介「その定款変更は特別決議が必要なのか?」
三鷹「その通り。定款変更は原則、特別決議だ。そして、相続があったことを知った日から、1年以内に請求する株式の数等を特別決議で定めて請求するんだ。」
良介「なるほど。うちの会社も株主の数が少なくないから、いろいろやらないとダメみたいだな。そのときはよろしく頼むぞ。」
三鷹「あんまり無茶な注文はやめてくれよな。」
(つづく)