有限会社小平食品は、冷凍食品の加工業者で、
2代目社長の小平良介の手腕により急成長、現在約200名の従業員を抱えている。
今日は、良介と同社の顧問弁護士三鷹がバーで飲んでいるところへ、
同社の取引銀行である府中銀行の行員、立川伸吾がやってきた。
良介「随分遅くまで働かされていたんだな。ご苦労さん。三鷹、紹介するよ。今度新しくうちの融資担当になった府中銀行の立川君だ。立川君、こっちは俺の幼なじみで、かつ、うちの顧問弁護士である三鷹だ。」
三鷹「どうもよろしく。」
立川「すいません。遅くなりまして。私は先月から小平食品様の担当になったばかりで、まだまだ勉強させて頂いているところですが、ひとつよろしくお願いします。」
良介「さあて、立川君も来たことだし、店を変えて何か腹にいれようか。立川君、飯食ったか?」
立川「実は、まだなんです。」
良介「ここは、うちの会社が加工した串揚げを使ってるんだぜ。」
立川「すごくおいしいです。」
良介「ところで、企業向け融資の方は順調かい?」
立川「おかげ様で。当行も不良債権処理が一段落して、営業を積極的に展開しているところです。」
良介「聞こうと思っていたんだけど、やっぱ有限会社と株式会社とでは融資審査に差があるんだろ。」
立川「うーん。組織がどうだから、すぐ融資できるとか融資できないということにはならないと思います。株式会社でもそれこそ個人経営と何も変わらないのもありますし、小平食品さんのように、従業員200人と大きな工場を抱えて、株式会社だとしても全然おかしくない企業もありますから。やはり実体が重要ですね。」
良介「そうなのか。株式会社の方が融資が受けやすくなるって言うんだったら、株式会社にするんだがなあ。とすると、今のまま有限会社で行くか、株式会社に移行するか、ますます悩ましいなあ。」
三鷹「別に焦る必要はないさ。移行するのはいつでもできるだろ。ただ俺は、会社法になっても有限会社は残しておく方がいいと思うよ。小平食品が将来どうなるか分からないけれども、計算書類の公告義務なし、役員の任期なしというメリットは捨てがたいよ。なんなら、株式会社をもう1個作ってもいいんじゃないか?」
良介「そんなに簡単に言うなよ。俺は1個経営するだけでもくたくただぞ。」
三鷹「作るのは簡単さ。資本金は1円でいいし、類似商号調査はしなくていいし、払込金の保管証明をとる必要もないんだぞ。会社設立は簡単さ。」
良介「しかし、会社の資本金が1円でもいいとなると、会社債権者は思わぬ損害を被ったりするんじゃないのかな。」
立川「それはどうでしょうか?われわれ銀行はもちろん会社債権者ですが、資本金がたとえ1000万円の会社だからといって、その会社の金庫にいつまでも1000万円があるわけではないですから安心はできません。
しかし、会社債権者保護のために、純資産が300万円未満の場合には剰余金があってもこれを配当することはできません。」
三鷹「立川君は、よく勉強してるなあ。関心だね。彼の言うとおりで、資本金の額が大きいからと言って、債権者保護に役に立つとは言えないのが実情なんだよ。銀行の立場に立って考えてみれば分かると思うけど、資本金だけ大きくてもずっと欠損が生じている会社って安心できないだろう。」
良介「うーむ。「欠損」というのは嫌な言葉だよな。」
立川「ですから、欠損が続くようであれば、思い切って減資することも1つの選択肢だと思います。最低資本金が撤廃されて、減資をする会社は増えてくるのではないでしょうか。」
良介 「なるほどな。「類似商号調査はしなくてもいい」って言うのはどういう意味だ?」
三鷹「従前は、同一市区町村内では同一とか類似の商号については、同じ営業目的の場合、登記することができないという規制があったんだが、会社法ではこの規制はないんだ。」
良介「それっていいことなのか?誰でも自由に「小平食品」という名前を使えるというのは困るぞ。」
三鷹「会社法でも「不正の目的」をもった類似商号使用については、差止請求をすることができるし、不正競争防止法という手もあるよ。それに、同一市区町村内という規制は無意味だろう。じゃあ、隣の県だったら「小平食品」を自由に使ってもいいのか。」
良介「そんなに理屈っぽくなるなよ。でも、なんか不安だな。」
三鷹「不安なら、類似商号規制撤廃の話とは別に、商号について、商標登録をしておくべきだな。」
良介「あとは、払込金保管証明がいらないんだな。でも、お宅ら銀行は手数料が減って困るんじゃないの。」
立川「手数料が減るという側面はありますが、銀行としても、楽になります。これまでは、「保管証明責任」というものがありましたので、当行としても、慎重にならざるを得ず、ひょっとするとお客様にご迷惑をかけることもあったのかも知れませんが、今後は、残高さえ証明すればよいわけですから迅速に処理できると思います。
ただ、ある程度資本金を高めに設定したいけれども、現金がないという方には現物出資という方法が考えられますよ。」
良介「ダメダメ現物出資なんて手間がかかるし、手続費用もバカにならないんだぞ。」
立川「これまでは、現物出資が検査なしでできる額は、資本金の5分の1を超えず、かつ、500万円以下の財産に限られていました。ですから、資本金1000万円の株式会社を設立する場合は200万円を超えない額まで検査役の調査が不要であったのですが、会社法では、資本金の額に関係なく500万円以下の財産については、調査不要となのです。」
良介「500万円か。せこいなあ。どうせなら1000万円まで調査不要にして欲しかったな。」
立川「ちょっと伺いますが、例えば、小平食品に現物出資という場合、社長は何を出資しますか。」
良介「実際のところ出資できるようなものは何もないんだよ。」
立川「社長個人の会社に対する貸付がありませんでしたっけ。」
良介「それはあるよ。1000万円どころの騒ぎじゃないよ。それが何かしたのかい。」
立川「それを現物出資の対象にすることが考えられますよ。」
良介「えっ。会社に対する貸付を出資の対象とできるのか。」
立川「貸付金は債権ですから、もちろん、現物出資の対象になります。しかも、金銭債権の場合には、帳簿価格を超えない額であれば、それが500万円を超えていても検査役の調査なしで出資の対象とすることができるとされているのです。」
良介「そうか。しかも、会社にとっても、債務が減るわ、資本額は増えるわで、そりゃいい話だね。」
三鷹「おっと。もうこんな時間だ。そうだ、立川君1つだけ忠告させてもらうと、良介と永く付き合うこつは遠慮しないことだぞ。明日はまだ平日なんだから、ほどほどにしておいた方がいいぞ。」
良介「人を飲んだくれみたいに…。しょうがない。今日はこれにて解散とするか。」
(つづく)