小平良介は、持ち前の経営手腕により、冷凍食品の加工業者として
「有限会社小平食品」を急成長させてきたが、1週間前に、「有限会社小平食品」から
「株式会社小平食品」に組織変更を果たした。
本日は、「株式会社小平食品」として、最初の取締役会開催日であり、
今後の会社運営について他の取締役らと話し合っている。
取締役は良介を含めて全員で6人で、専務取締役の町田勉、
常務取締役の清瀬末吉は、良介の先代からの取締役である。
良介の長男である崇も平取締役として出席している。
良介「先代から引き継いできた小平食品をなんとか潰さずに、有限会社から株式会社にまで発展させることができたのは、一重に皆様役員の方々のご尽力であります。
あらためて、皆様に感謝の意を表明させて頂きたいと思います。」
町田「いやいや、ここまでこれたのは、なんと言っても良介社長が今日まで血のにじむ努力で会社の舵取りを行ってきた結果ですよ。」
清瀬「町田専務の言うとおりです。やはり、良介社長があの焼鳥屋フランチャイズチェーンとの提携を持ってきたのが一つの成功要因だと思うね。」
良介「私は、仕事を持ってきただけです。あそこは、品質管理がどうだのうるさいし、しかも、小ロット多品種主義だから、現場の製造ラインの人達が支えてくれなかったら、とても提携業務を軌道に乗せることはできませんでした。」
清瀬「僕が言いたいのは、うちが食品加工業者として、品質管理にうるさく、小ロット多品種を求める企業からの引き合いが多くなったのは、良介社長が一見無謀とも思える提携業務を持ってきたことにより、小平食品がワンステップ先に進むことができたということなんです。」
良介「あのときは無謀とは思わなかったんですけどねえ…。」
良介「それでは、今日の議題の一つ目なんですが、取締役会の書面決議導入の可否についてです。」
町田「書面決議というのはどういうものなのかちょっと説明してもらえませんか。」
良介「昨日、顧問弁護士から、書面決議の説明を書いたものを送ってもらったので配ります。えーっと、書面決議とは…、議決に加わることができる取締役全員が書面又は電磁的記録により、提案につき同意の意思表示をした場合には、その提案を可決する旨の取締役会決議があったものとみなすことができることを言います。」
町田「つまり、取締役会議事録を持ち回りして、順次、署名・押印していくことですか?
これなら、今までもよくやっていたじゃないですか。」
良介「町田専務、ちょうど私も昨日、顧問弁護士から説明を聞いたとき同じ事を言ったんですよ。
ですが、ああいうやり方は本当はいけないらしいですね。本当は取締役会を開いていないのに、開いたような取締役会議事録を作るというのは、いわゆる虚偽文書になるらしいです。」
町田「ははあ、なるほど。それで、そんな虚偽文書を作るというのがどこの会社でも行われるようになったから、それを会社法が追認したんだね。」
良介「まあ、そんなところでしょうか。」
崇「配られた資料には、書面決議の場合、全員が賛成でないとできないとなっていますよ。
だから、一部の取締役が反対しているような場合には、やはり、取締役会を実際に開かないとダメなんじゃないですか。」
良介「そういうことになるな。」
清瀬「しかし、一部の取締役が反対しているときまで、日付を遡らせた取締役会議事録を作るという会社はこれまでもそうなかったと思いますけどね。
書面決議を導入したからといって、逆に取締役会を開いちゃいかんというわけではないでしょう。
これから各取締役は、ますます忙しくなるでしょうし、私は、書面決議は導入しておいた方がいいと思いますよ。」
崇「僕も別に反対しているわけではないですよ。ちょっと、疑問点を確認してみただけです。」
良介「反対の方はいらっしゃらないでしょうか。」
全員「異議なし。」
良介「有難うございます。それでは、書面決議導入にむけて手続を進めたいと思います。」
良介「次回以降の取締役会で本格的に議論する予定ですが、取締役会決議要件なんですが、一部の重要事項については、取締役会の決議要件を加重してはどうかと思っているんですが。」
町田「重要事項」と言いますと、どういった事項を考えておられるんですか?」
良介「新株発行、社債発行、多額の借財、重要な財産の処分及び譲受けなんかは、会社の命運にかかわるような事項だと考えておりますので、慎重な判断が必要だと思うんです。」
清瀬「うーむ。難しいところですなあ。新株発行、社債発行、多額の借財、重要な財産の処分及び譲受けが、会社の命運に関わるからこそ、より機動的な判断ができるようにしておくことが重要だとも言えるんじゃないかなあ。
ところで、決議要件を軽減することは出来るんでしたっけ?
良介「それは、できないそうなんですよ。だから、過半数の出席及び出席数の過半数の賛成が最低の決議要件となるわけです。」
崇「決議要件は加重すべきですよ。そうじゃないと、僕みたいに取締役会でお邪魔虫扱いされている人間の意見はほとんど無視されちゃいますからね。」
良介「なんだその言い方は!」
町田「崇さん、そういう発言はどうかと思いますよ。」
良介「だって実際そうじゃないですか!それじゃあ、逆に聞きますが、僕の提案が取り上げられたことがありますか?
この間だってそうだ。僕は、従業員の士気を高めるために、会社がスポーツ施設を建設すべきだと言ったのに、歯牙にもかけられなかったじゃないですか。」
清瀬「何を言っているんですか!崇さんが、緊急だからと、取締役会招集をかけたから何かと思えば、漠然としたアイデアをなんら下調べ等もなく一方的にお話するなんて、ちょっと非常識ですよ。
私なんかあの日は横須賀に行く予定をキャンセルしたんですよ。」
町田「ここはどうでしょう。取締役会の招集権者を他の会社みたいに代表取締役に限定した方がいいんじゃないでしょうか。」
清瀬「私もそう思います。」
崇「………。」
良介「まあ、皆さんがそうおっしゃるなら、私には特に異存はありませんが…。」
崇「それじゃあ、社長が病気のときには取締役会は開けなくなるじゃないですか!それじゃあ、会社がストップしちゃいますよ。」
良介「よその会社はどうしているのかなあ…。後で、弁護士に電話で確認してみます。」
良介「もしもし、俺だけど今ちょっと大丈夫か?」
三鷹「良介か。どうした?」
良介「ちょっと、聞きたいんだけど、取締役会の招集権者を社長に限定することは可能なのか?」
三鷹「もちろん、可能だよ。」
良介「もし、俺が病気になっちゃった場合とかはどうするんだ?」
三鷹「その場合、良介がダメなときは誰々、その人もダメなときは誰々と予め決めておくんだよ。」
良介「なるほど、そんな簡単なことなのか。」
良介「それから、緊急で取締役会を開きたいときには何日ぐらい前に招集をかければいいのかなあ。」
三鷹「それは、会社法で決まっているんだぞ。開催日の1週間前までに招集しないといけないんだ。」
良介「えっ!そうなの?それじゃあ、緊急の場合には、とても間に合わないじゃないか!」
三鷹「だったら、定款で招集通知をするべき期間を短縮したらいいんじゃないか。例えば、開催日の1日前とか。
それに、そもそも、取締役会を開催したときに取締役全員が参加していれば、同意があったものとみなせるから、定款で短縮しなくても、電話とかで「明日、集合!」って集めればいいんだよ。」
良介「その呼びかけに従わない取締役がいたとしたら?」
三鷹「お前の会社にそんな取締役はいないだろう。」
良介「………。ちょっと、今度、時間を作ってくれないか。ある取締役の解任について話を聞いてもらいたいんだ。」
(つづく)