第13回 投資適格②

有限会社小平食品は、冷凍食品の加工業者で、

2代目社長の小平良介の手腕により急成長、現在約200名の従業員を抱えている。

小平食品の取引銀行は、総前銀行という地方銀行であり、

小平食品の担当は、立川伸吾という行員である。
総前銀行は、100%出資の子会社である総前キャピタルという

ベンチャーキャピタルを傘下に有するが、

総前キャピタル新規事業部の高尾直道と立川伸吾は総前銀行の同期入社であり、

日頃からお互いにいろいろな相談をする仲である。

本日は、高尾が総前銀行に所用で立ち寄る機会があったため、

時間を合わせて、立川と高尾は一緒に少し遅めの昼食をとっている。

~総前銀行本店近くにあるトンカツ屋において~

高尾「あーうまかった。やっぱ、ここのトンカツは衣のさくさく感と肉のジューシー感が絶妙だね!」


立川「ゆっくりお茶を飲みながら余韻に浸りたいところだけど、まだ、お客さんが並んでるから、そろそろ出ようか?」

~総前銀行本店近くにあるトンカツ屋を出た路上において~

高尾「暑ーい!なんだこの暑さは!ちょっと、かき氷でも食べて体を冷やさないか?」


立川「それじゃあ、裏手の路地の喫茶店に行こう。」

~喫茶店において~

高尾「やはり、ベーシックにかき氷のイチゴ!」


立川「えっと、僕は…、ハワイアンブルーで、トッピングはパインとすいか!」


高尾「なんか、すごいオーダーメイドだな。
ところで、さっきの話の続きだけどさ。投資促進のためには、機関設計だけを考えればいいのか?」

取得請求権付種類株式

立川「それだけではダメだね。投資家の目線で考えてみることだ。
例えば、ある会社に投資して株式を取得したのはいいけれど、その後、どうしてもまとまったお金を作らなくてはならなくなったときどうする?」


高尾「そうだなあ。その株式を売って換金するしかないね。」


立川「上場会社ならそれもいいけど、上場していない会社の株を買ってくれる人なんて簡単に見つからないと思わないか?」


高尾「たしかになあ。ちょっと、難しいかもね。」


立川「取得請求権付種類株式っていうのを知っているか?」


高尾「名前だけは…。」


立川「取得請求権付種類株式とは、株主の側から会社に対し、当該株式の現金での買取り又は当該株式と他の財物との交換を請求できる株式のことを言うんだ。」


高尾「つまり、買取請求権付株式とでもいうべきものなんだな。

その株式なら、たしかに、銀行の定期預金と同じ感覚で、金に困ったら買取請求をすればよいから、出資者としては便利だよね。」


立川「だから、「普通株式だとちょっと…」と尻込みする人でも、「取得請求権付種類株式だったら引き受けてもいい」と言うかも知れないよ。」

取得請求権付種類株式の欠点?

高尾「でもさ、今ちょっと思ったんだけど、会社としては、せっかく株式を発行して資金調達したのに、ある日突然、しかも、複数の株主から買取請求されちゃったら、キャッシュがすっからかんになっちゃうから大変なことになっちゃうんじゃないか?」


立川「よく気付いたね、高尾君。だから、そういうことにならないようにしっかりと資金計画を立てておかないといけないね。」


高尾「そんなこと言っても、いつ買取請求が来てもいいようにその分だけキャッシュを用意しておくんであれば、株式を発行した意味がないじゃないか!」


立川「そこは工夫するんだよ。例えば、取得請求権を行使することができる期間というのは予め限定することができるから、「第1種取得請求権付種類株式については平成19年4月1日~平成20年3月31日、第2種取得請求権付種類株式については平成20年4月1日~平成21年3月31日」という具合に定めておけば、「この年に買取請求にかかる資金は最大で○○円だな」と予想することができるだろ。」


高尾「取得請求権付種類株式についてもさらにいろいろオーダーメイドすることができるのか!」

優先配当種類株式

立川「そうさ。かき氷と同じさ………。今のは聞かなかったことにしてくれ。」


高尾「それにしても、やはり、出資のインセンティブをあげるには、配当率を優遇することかなあ。」


立川「そうだね。まあ、優先配当株は、会社法で新たに認められたわけではなく、従来からあったものだけどね。
ただし、優先配当株は、他の種類株式との組み合わせでいろいろ使い勝手がいいよね。」

議決権制限株式

高尾「というと?」


立川「まあ、会社にとって都合の良い、裏を返せば、株主にとっては都合の悪い株式を引き受けてもらうときに、「優先配当つけますからお願いします」っていう感じで使うんだよ。」


高尾「その「会社にとって都合の良い、裏を返せば、株主にとっては都合の悪い株式」っていうのは例えば、どんな株式のこと?」


立川「いろいろあるじゃないか。まあ、すぐに思いつくのは議決権制限株式だね。これは、ある事項については株主の議決権を認めないという株式だから、株主にとっては「都合の悪い株式」だよね。
しかし、よく企業再建がらみで金融機関が出資する場合には、経営にまでかまっている余裕はないということで、優先配当無議決権株式を発行する場合が多いよね。」


高尾「そういえば、そういう形の契約をよく見たことがある。
その他に「都合の悪い株式」というと何があるの?」

取得条項付種類株式、全部取得条項付種類株式

立川「「取得条項付種類株式」とか「全部取得条項付種類株式」とかも、株主にとっては「都合の悪い株式」と言えるよね。
「取得条項付種類株式」というのは、ある条件が発生した場合には強制的に会社が買い取ることになるという株式だ。
それから、「全部取得条項付種類株式」というのは、株主総会特別決議を経れば、会社が強制的にその株式を買い取ることが出来るという株式だ。」


高尾「会社の設定した条件とか株主総会特別決議で、強制的に株式を株主から取り上げちゃうわけだから、たしかに、株主にとっては不利なんだろうけど、そもそも、なんで、強制的に買い上げるなんてことを会社はするんだろうね。」


立川「目的はいろいろ考えられるさ。例えば、「取得条項付種類株式」なんかは、従業員に株式を持ってもらって、株主総会の円滑な運営に協力してもらおうと思ったのに、その従業員が株式を持ったまま退社しちゃったりしたら会社としては困るだろ。」


高尾「そうだね。ひょっとしたら、会社に恨みを残して辞めていくなんてことも考えられるからね。

だから、そういうときに、「会社を退社した」という条件が発生した場合には、会社は強制的に株式を買い上げてしまうのか。」


立川「ほかにも、例えば、取引先から出資を募るときなんかも、取引関係が終了した場合や敵対的関係になった場合には、やはり、株式をずっと持ったままでいられるのは困るよね。だから、そういうときは、やはり強制的に株式を買いあげたいところだ。」


高尾「しかし、「敵対的関係になった」なんていう条件では、具体的にどういう関係になった場合に強制買入ができるのか分からないじゃないか。」


立川「たしかに、ちょっと言葉ではうまく言い表せない条件だね。でも、どう考えても、うまく条件として表現できないというときは、「全部取得条項付種類株式」にしてしまえばいいのさ。」


高尾「そっか。株主総会特別決議さえあれば、強制的に買取りできるもんな。でも、強制買取りを実施しようとしたときに、特別決議の議決権を集められなかったら?」


立川「それは仕方ないさ。やはり、普段から、友好的株主確保の努力はしないとね。」


高尾 「「普段から努力」って言ってもなあ。」


立川「出資する人間は常に不安なんだ。そして、その不安を解消するのは配当なんだよ。
だから、年に一度と言わず、中間配当や随時配当をして、「もう少しこの株式持っていよう」と思わせないとダメなんだよ。」


高尾「うーむ。金を集めるのは工夫と努力がいるんだねえ。」


立川「それが、俺らの宿命さ。」


                         (つづく)

 

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