有限会社小平食品は、冷凍食品の加工業者で、
2代目社長の小平良介の手腕により急成長、現在約200名の従業員を抱えている。
小平食品の監査役は、良介の叔父である小平泰之が努めている。
しかし、泰之は別に自分の会社を経営しており、
実際には小平食品に顔を出すことはない。
本日は、その泰之が珍しく小平食品に出向き、社長室で何やら良介に話をしている。
良介「急に言われてもなあ。」
泰之「だから、何度も言っているように、大した影響はないじゃないか。別に今までだって、お前の所の従業員が俺の会社に書類を持ってきて「こことここに署名とハンコをお願いします」って言っていただけだろ!」
良介「それは、叔父さんが「忙しくて会社を抜けられない」って言うから…。」
泰之「だから、忙しくて、小平食品の仕事をろくにできない人間を監査役に据えておいてもしょうがないだろう。そう思わないか?」
良介「そんな急に監査役の代わりをやってくれる人なんて見つからないですよ。せめて、次の総会で選任されてからの任期は全うしてくださいよ。」
泰之「冗談じゃないよ。監査役の任期は4年だぞ。」
良介「じゃあ、2年に短縮しますから、それでどうですか?」
泰之「お前、ちゃんと会社法の勉強しているのか?監査役の任期は伸ばすことはできても短縮することはできないんだ。」
良介「だから、そこは、我々の間での了解事項ということで、2年たったら辞任して頂ければ結構ですから。」
泰之「お前は本当に経営者としてのセンスがない奴だな。」
良介「どういうことですか!」
泰之「任期途中で監査役が辞任したなんて、従業員や外部の人間が聞いたらどう思う?「社長と喧嘩したのかな」とか「監査役が何かまずいことをしでかしたのかな」とか「社内に問題があるんじゃないか」とかいろいろ邪推されるに決まっているだろう。」
良介「私からもきちんと説明しますし、何だったら叔父さんが取締役会や株主総会に出て、もともとそういう約束だったと説明してくれればいいじゃないですか。」
泰之「監査役が取締役会や株主総会に出現したら、それだけで目立つだろうが。」
良介「でも、会社法上、監査役には取締役会や株主総会に出席する権限があるとされていますよ。」
泰之「そうだったっけ?…それにしても、普通は出席しないじゃないか。それなのに、急に会社法に書いてありますからって、監査役が現れたら余計にみんな怪しむに決まっているさ。」
良介「だったら、話は戻りますが、4年やって下さいよ。別に迷惑はかけませんから。」
泰之「会社法では、たしか、どいういう風に機関設計をしても自由だということになったんだろう?」
良介「そうだったと思いますが。」
泰之「この際だから、監査役を廃止してしまったらどうだ。その方が監査役の報酬も節約になるぞ。もっとも、そんなに多額の報酬ではないけどな。」
良介「ひょっとして、報酬のことですか?それについては、もう少しぐらいなら増やせますよ。」
泰之「そう言う話ではない!俺は、報酬を上げて欲しいが為にこんなことを言う人間ではない!監査役を廃止することのメリットを言っておるのだ。」
良介「そんな、勘弁してくださいよ。ちょうど、午後から顧問弁護士と株式会社への移行を含めて話する矢先なのに…。うちも本格的に会社の組織を整えていこうとしているところなんですよ。」
泰之「なになに、有限会社から株式会社に移行するのか?そんな話があるのか?」
良介「正確に言いますと、既に会社法が施行されていますから、うちの会社は「特例有限会社」という株式会社なんですが、正真正銘の株式会社にしていこうかと。
泰之 すると、今までの役員は、監査役を含めて一旦辞任するということになるんじゃないのか?」
良介「いいえ、単に「有限会社小平食品」が「株式会社小平食品」になるだけで、商号の変更と同じ扱いです。」
泰之「しかし、なんだな。会社の組織を整えていこうというのはいいことだが、それなら、なおさら、ワシみたいに、名目上の監査役ではいかんだろうな。」
良介「ですから、その辺は徐々に考えていきますから、とりあへずはお願いしますよ。」
泰之「ワシじゃダメなんだよ。」
良介「どうしたんですか…。なにかあったんですか?」
泰之「良介、スマン。実は、うちの会社は、もう、もちそうにない。」
良介「えっ!?「もちそうにない」って、どういうことですか。」
泰之「破産だよ。」
良介「本当ですか!?」
泰之「本当だ。しかも、会社だけじゃなく、ワシも妻も会社の債務については、ことごとく連帯保証をつけているから、夫婦も揃って自己破産になる。
しかし、勘違いするなよ。ワシは何か助けて欲しくてこんなこと言っているわけではないからな。」
良介「ちょっと、待ってくださいよ。話をよく聞かせてくださいよ。水くさいじゃないですか。
そうだ、叔父さんも、顧問弁護士に会って下さいよ。何かいい知恵があるかもしれませんよ。」
三鷹「つまり、泰之さんは、自己破産の予定なんですね。」
泰之「そうです。丁度、今期で任期が切れるから、その後に破産の申立をすれば、任期途中で監査役がいなくなる混乱が避けられるかと思い、良介に次期は監査役をやらないと話をしたんです。」
三鷹「ひょっとして、破産すると監査役の欠格事由にあたるとか考えていらっしゃいません?」
泰之「破産は監査役の欠格事由であると思っていましたが…。」
三鷹「従来は、破産の宣告を受け復権していないことは欠格事由でしたが、会社法ではこの欠格事由は除外されたんですよ。
もともとは、破産宣告を受けるような人間はお金にルーズだから会社の経営に関わるのはどうかということで、欠格事由とされてきたんですが、破産する人の全てがルーズだからというわけではないですからね。」
良介「叔父さん、破産して会社をたたんだ後はどうするの?」
泰之「この歳だからな。今さら、もう一回商売をやるというわけにもいかないし、就職するというのも簡単にはいかないと思うがな。」
良介「だったら、本格的に常勤監査役をうちでやってもらえませんか。叔父さんだったら、経営者としての経験もあるし、逆に、会社をつぶした経験も役に立つと思うんだけど…。」
泰之「 「会社をつぶした経験」って…、なかなか手厳しい表現だな。」
良介「ゴメン。でも、悪い意味で言っているんじゃないんだよ。」
三鷹「良介の言うとおりだと思いますよ。経営の失敗をしたことがない人間はどうしても、行け行けドンドンになりがちです。」
泰之「まあ、褒められているのかなんなのか。しかし、良介、ワシもここ数年の過労で、かなり高血圧になってしまったんだよ。いざというときはあるかと思うぞ。」
三鷹「そういうときのために、補欠監査役を選任しておいてはいかがですか。」
良介「補欠監査役?」
三鷹「つまり、株主総会で、監査役のほかに、補欠を選任しておいて、監査役にいざということがあったときにはその人が繰り上がって、監査役となるんだ。」
三鷹「それから、常勤として本格的にやるのであれば、監査役の権限を拡張しないとね。」
良介「どう拡張するんだ?」
三鷹「従来は、小会社、つまり、資本金1億円以下の会社で、負債額が200億円未満の会社と有限会社では、監査役は会計監査の権限のみを有していたんだが、会社法では原則として、監査役は、会計監査権限のみならず、業務監査権限も持つようになるんだ。」
良介「とすると、もう会社法が施行されているんだから、うちの会社の監査役も両方の権限を持つんじゃないの?」
三鷹「小平食品は特例有限会社だから、監査役の権限は制限されたままなんだ。」
良介「なるほど。よおし、叔父さん、これから、小平食品を宜しくお願いしますよ。」
泰之「ありがとう…良介、いや良介社長。」
(つづく)